仮称)コネクトロンのブログです

コネクトロンのブログです

圏外編集者/ルースターズ/爆裂都市/ピアノちゃん

4部構成です。
1:圏外編集者
2:ルースターズ
3:爆裂都市
4:ピアノちゃん

【1:圏外編集者】
自分で言うのはちょっとこっぱずかしいのですが、これまで度々「いまぷさんてパンクだね」と言われたことがあります。

それを言ってくださった方にとってパンクとはなんなのか、そして私のどこを見てパンクだと思われたのか、それはいちいち確認してませんけど、概ね褒め言葉として受け取ってます。言われて嬉しいです。

私も、パンクってなによ、と人に説明できるかと言われたらできません。

そこで、なんてパンクな本なんだ!と思ったのがこれ。

圏外編集者

圏外編集者

読書メーターにも書きましたが、大げさでなく魂ゆさぶられるレベルの仕事論でした。

読んでて、これぞパンク!と思ったのです。

何がパンク?どこがパンク?

大雑把に言えば、既存のシステムに迎合しないこと、自分がやりたいことに妥協しないこと、自分がやりたいことをやるためにはやりたくないこともやること。

そういうところを「パンク」だと感じたのです。

ということは、私の中で、既存のシステムに迎合しないこと、自分がやりたいことに妥協しないこと、自分がやりたいことをやるためにはやりたくないことをやること、がパンクだ、という概念があったということです。

あー、だったら私、全然パンクじゃないです。なんたってへたれポンチなので。

著者の都築響一氏は、ブックデザイン的に帯が許せないとおっしゃってましたが、出版元がどうしても帯をつけるというので我慢してる、と書かれていました。その、許せない帯にですね、こう書かれているのです。

多数決で負ける子たちが、
「オトナ」になれないオトナたちが、
周回遅れのトップランナーたちが、
僕に本をつくらせる。

多数決で勝つ人ではなくて
オトナになれるオトナではなくて
周回遅れではないトップランナーではなくて

多数決で負ける子の
オトナになれないオトナの
周回遅れのトップランナーの
側に居続ける人をパンクと感じるなら

多数決に勝つやり方を提示するのではなく
オトナになるやり方を説くのではなく
周回遅れにならないやり方を伝授するのではなく

多数決で負ける痛みを持つ人に寄り添う
オトナになりきれない痛みを持つ人に寄り添う
周回遅れになってしまうことの痛みを持つ人に寄り添う

もしもそれがパンクであるなら、私もちょっとはパンクでいいか、と思いました。

都築響一という人は、変わった本を作る人、ぐらいにしか思っていませんでしたが、氏の作品にはこんな思いがあったのかと驚き。作品を見ただけでわかんなかった己の見る目なさにがっくし。

写真とか絵とかってタイトルでイメージがらっと変わっちゃうことありますよね。こういう思いで作ってるんだ、ということを訴えることは無駄ではないのでしょう。仕上げの一筆、みたいな感じで。

【2:ルースターズ】
さて、先だって九州から来られたお客様にルースターズの「レコード」を頂戴しました。九州からわざわざコネクトロンにお越し下さったわけではありませんでしたが、レコードはわざわざ持ってきてくださったのです。

コレクターズの野音参戦がほぼ絶望となっていたところに、よりによってルースターズ。

帯にあるように、まさに「腑抜け野郎の脳天が叩き割られた」ようでしたね!!

ルースターズがどんなバンドか、ググっていただいたらおわかりかと思いますが、フロントマンの大江慎也が心身ともに病んでしまって、バンドは長い休養期間にはいってしまったのです。

22年ぶりにフジロックにオリジナルメンバーで登場、それがラストライブとなりました。当時のレコード会社の売り方がすさまじくて、ボックスセットでぼったくるとかその光景が心地よくなくて、再結成&解散商法かよ、と4人が集うことに気持ちが向かいませんでした。

が、フジロックの動画を見ると、これは、これは、いけてるではないですか!

フジロックのライブはDVD化されてますが、ちょっとお高い。

見たいなー、とつぶやいたら、なんと貸してくださる方があらわれて!これだからTwitterはやめられない。

ちなみに貸してくださったのはmixiでご縁が繋がった方。あの頃のmixiはよかったなあ。共通項を持つ同士がつながりやすかった。今のFacebookじゃ無理だろ。Twitterならまだなんとか。

ということで(どういう?)ドキドキしながら見たルースターズ、何より印象的だったのはベースの富雄くんの大江への眼差しの優しさ。フジロックの舞台袖でスタッフが実に嬉しそうにしていたこと。

みんな、待ってたんだ、22年も。大江と一緒にやれる日を。

これは胸熱でしたね!!

ほんの数年間の活動のバンドだったのに。活動期間の何倍もの時間、大江の復活を待っていた。一緒にやれる日を待っていた。

それも再活動ではなくて、終わりのため。終わらせるために。いったん終わらせないと、先には進めなかったのでしょう。終わらせるために、先に進むために、22年ぶりに集まったのです。

ほんとならあったはずの一緒にやり続ける時間、そこへの執着、未練を断ち切るために必要な作業だったのでしょう。いやいや、それ以上のおのがありました、22年間積み重なったものが。

【3:爆裂都市】

ルースターズに胸熱になっているところに、なんと爆裂都市が元町映画館で上映との告知が目に入りまして!

爆裂都市には大江が出演しているのですよ。
1982年の公開だから私が21歳の時ですね、34年前かー、新開地の映画館で元配と一緒に見ましたよw

ルースターズのレコードもらって、ルースターズのDVD見て、ほんで爆裂都市か、これは絶対に何かあるに違いない!と現状のどん詰まりの打開策になるようなものがあるのではないかと(ない)胸を期待で大きく膨らませて行きましたが、何もありませんでした!!

元配とのことでひっかかってる何かから解放されるとかね、甘い、甘い、考えでした。

【4:ピアノちゃん】

ピアノと絵筆」という過去記事がありますが、ここに登場している方のピアノをまた聴きにいってきました。

20年ぶりのピアノ、まだまだリハビリ期間ですが、弾いているうちに表現したいことの方向性が定まってきたそうです。試行錯誤のプロセスにお邪魔してきました。

前回より指が思うように動かないようで、途中中断してお喋りしました。その後の演奏は、指も滑らかに動き、音の抑揚もコントロールされたものでした。

泣きました。

過去記事:「感動」のアンカーとトリガーのさっちゃん、彼女の作品を手にした時と同じような「感動」がやってきました。今、書いててもやっぱり涙が出てきます。

感情が動かされるのです。

アンカーされたものがあるのです。

ちょっと自慢していいですか、この時演奏された曲、私のために作ってくださったものなんです。溢れてくる言葉と音をあーでもない、こーでもない、と奏でているうちに曲として仕上がっていったそうです。

曲って、パッと出来ちゃうのかな、と思ってたらそうではなくて、やはりそこには積み重ねの作業があるのですね。注いだものが溢れ出るまで、注ぎ続けないといけないのですよ。溢れ出た時にそれは人の心を打つ作品となるのです。作品としての形を成すのです。

この時の体験が こちら レイヤー のエントリーとなりました。

都築響一氏が手間暇惜しまずに続けてきた編集の作業、大江を待ち続けたルースターズの22年、ピアノを封印していた20年、その時の重さにただ頭を垂れますね。

何もない人なんていない。どんな宝物が眠っているのか、どんな力が溢れ出る時を待っているのか。

それを見つけることが、その存在を思い出していただくことが、コネクトロンの仕事です。

さー、以上が今の私の中にあるものを精一杯言語化したものですよっ。

2016/05/05 どん詰まりのどん底で